日本環境学会声明「1990年比8%削減は科学的見地から承認できない」

「1990年比8%削減は科学的見地から承認できない」
~麻生首相の温室効果ガス削減中期目標の発表について~

2009年6月13日

 日本環境学会は,去る5月31日,「日本の温室効果ガス削減中期目標の決定に当たって ~科学的知見に基づき気候変動・地球温暖化の被害防止を最重視した目標選択を~」と題する声明を発表した。その声明では,「この目標設定において最重視されるべきは,将来の地球環境への重大影響を回避し,未来世代への負荷を可能な限り軽減するための科学的判断である。日本の目標設定も,IPCC報告書等に代表され,国際的に共有されている科学的知見に基づいて行われるべきである」とし,「日本が,率先して25~40%削減の目標を設定することは国際的責務を果たし,信頼を勝ち取る唯一の選択である。25%以下の削減目標は,科学的判断からはあり得ない選択であり,日本の国際的信頼を失墜させるものである」と指摘した。また,CO2排出割合の3分の1を占める「エネルギー転換での増加が著しいこと」,エネルギー転換や産業など,日本の排出の7割を占める「大口排出業種でもCO2原単位改善が必ずしも進んでいないこと」や「一次エネルギーに占める再生可能エネルギー比率は1990年以降,ほぼ横ばい状態である」ことなどから,日本には十分な削減余地があるとした。さらに,「気候変動の被害を最低限に抑える産業構造・経済社会への転換を図る必要がある。しかも,そのような転換こそが日本の発展をもたらす道」であり,「持続可能な『低炭素社会』への移行に向けて,科学的要請に基づく野心的な中期目標の設定とその達成を担保する政策づくりに直ちに着手することを求める」と主張した。

 しかるに,6月10日に麻生首相が発表した中期目標は,「2020年までの日本の温室効果ガス排出量削減を2005年比で15%削減する」というものであった。しかし,これは基準年を変更することで削減幅を大きくみせかけてはいるが,1990年比では僅か8%削減にしかならず,今後の気温上昇を2℃以内に抑制し,重大影響を回避するための科学的判断からはほど遠い。基準年の変更は,京都議定書の議長国でありながら,その目標達成努力を怠ってきた結果を自らの都合で利用するという恥ずべき行為である。排出量が少なく被害を一方的に受ける小島嶼国の危機を例に挙げながら「地球温暖化の防止は,今を生きております我々世代の責任」として中期目標を決断するなら,気候変動の被害の大きさを警告し,大幅な排出削減の必要性を指摘する科学者の声を最重視すべきである。日本だけが対策をとっても世界の総排出量への影響は小さく被害は減らないという主張があるが,国際交渉で相手が先に対策すべきだと負担を押しつけ合っている間にも気候変動は進展し,取り返しのつかない事態をまねく。世界,とりわけ排出量が増加している途上国に低炭素経済への転換のメリットを示し協力を得るためにも,日本が他の先進国と共に大幅排出削減にまず踏み出し,成果をあげることが求められる。

 また,麻生首相は「これ以上削減目標を大きくしようとすると」,「国民の負担も余りに重たいものになってしまう」ので,「このような選択肢を国民にお願いするわけにはいきません」と述べた。これは3点で問題がある。第一に,気候変動の被害を評価せず,対策コストの大小だけ言うのは意味がない。英国政府報告「気候変動の経済学(スターン・レビュー)」をひくまでもなく,気候変動の進展を放置した場合の計り知れない被害と,わずかな対策コストを比較すれば,早期の対策が求められるのは明らかである。第二に,政府の中期目標検討委員会の限定的な試算でも,経済的影響は今後の成長率の若干の鈍化であって、マイナス成長になるわけではない。第三に、政府委員会では「高い」と試算されている対策コストは、削減手法によって大きく異なり,大口排出源対策を排除しない賢明な対策を選択すれば軽減できる。多くが中期的に「得」になる省エネ投資はいうまでもなく,太陽光発電等に限定せず,あらゆる再生可能エネルギー普及を効率よく推進するための適切な電力買取補償制度(電力固定価格買取制度)を導入すれば,負担ははるかに軽減されるだけでなく,将来性ある関連産業の発展と大幅な雇用の創出が可能である。その上,コスト上昇が予測される化石資源輸入による将来の負担増も回避でき,社会全体の負担軽減につながる。

 国内対策については,企業や国民の善意に依存してきた従来施策の抜本的見直しも求められよう。環境税の導入や排出量取引などの制度導入は,努力する事業者が報われるようになり,省エネや再生可能エネルギー導入を効率よく推進する。さらに,地球温暖化が人間の安全にとっての最大の脅威となってきたいまでも,「地球環境の保全」予算の7倍が防衛費に,10倍以上が道路予算に使用されているような国家予算の枠組みの見直しと変更によって国民負担を軽減しつつ,2020年までに温室効果ガスを25~40%削減することは十分に可能である。

 歴史的国際的責務を果たせるこのような削減目標の導入は,国民に過重な負担増をもたらしたり,産業を疲弊させたりするものでは決してない。むしろ,これまで培ってきた日本の高い技術力を生かしながら,今後,健全で持続可能な発展を生み出していく上で不可欠なものである。さらに,そのことにより諸外国からの高い信頼と評価を獲得でき,日本の国際的地位を向上させることにつながる。
 いまからでも遅くはない。日本環境学会は,科学的見地から,首相の言う「世界をリードする」,「極めて野心的」という表現に真に見合った90年比25%以上の削減目標への変更を強く求めるものである。

以上


カテゴリー: 学会声明, 活動報告 タグ: パーマリンク